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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(オ)868号 判決 1976年8月30日

上告人

服部孝一

右訴訟代理人

鈴木匡

外四名

被上告人

加藤進

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木匡、同大場民男、同清水幸雄、同山本一道、同鈴木順二の上告理由第二の第一点、第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨を非難するものであつて、採用することができない。

同第一の第一点、第二点及び第二の第三点について

一原審の適法に確定した事実は次のとおりである。

1  被上告人は名古屋市千種区鹿子殿一一三番の一、三、五、八及び一一の各山林計一〇〇七三平方メートル(以上五筆を以下「a」山林と略称する。)を所有していたが、名古屋市の土地区画整理事業により昭和三〇年三月四日右「a」地の仮換地として名古屋市中四工区四B六番の一宅地301.65平方メートル(以下仮換地「A」と略称する。)が指定された。

2  被上告人は、昭和三一年五月二五日訴外株式会社菊花堂本店(以下「菊花堂」という。)に仮換地「A」を代金3.3平方メートル当り一万九〇〇〇円計一七三万三七五〇円で売却し、その登記として「a」山林について菊花堂への所有権移転登記を経由した。上告人は、昭和四二年五月二六日菊花堂より仮換地「A」を買い受け、その頃「a」山林につき所有権移転登記を経由した。

3  名古屋市長は、昭和四四年二月二七日「a」山林についての仮換地の指定を変更し、「a」山林のうち、前記一一三番の五を同番の五と二〇とに、同一一三番の一一を同番の一一と一九とに各分割したうえ、一一三番の一、三、八、一九、二〇の山林計四二九五平方メートルを第一ブロツクとし(右五筆を以下「b」山林と略称する。)、一一三番の五、一一の山林計五七七八平方メートルを第二ブロックとし(右二筆を以下「a'」山林と略称する。)、その仮換地として、「b」山林につき名古屋市中四工区二〇Bブロツク七番274.41平方メートル(以下仮換地「B」と略称する。)を、「a'」山林につき同市中四工区四Bブロツク六番の一宅地302.97平方メートル(以下仮換地「A'」と略称する。)を各指定した。仮換地「A」と同「A'」とには同一性がある。

4  名古屋市長は、昭和四四年九月九日換地として、「a'」山林につき名古屋市中区栄四丁目一一一二番の宅地302.97平方メートル(以下換地「A"」と略称する。)を、「b」山林につき同市中区栄五丁目一一一五番の宅地274.41平方メートル(以下換地「B'」と略称する。)を各指定し、その頃換地「A"」及び換地「B'」について上告人のための各所有権移転登記を経由した。

二右事実によると、「a」山林の仮換地「A」についてされた売買が仮換地「A」自体の位置、地目、面積に着目してされ、売買代金も右仮換地の面積とその3.3平方メートル当たり価格によつて定められたことは明らかであるところ、このような場合においては、右売買の時における仮換地「A」の従前地が「a」山林であつても、その後仮換地の指定が変更され、「a」山林が「a'」、「b」の各山林に分割されたうえ、「a'」山林につき仮換地「A」と同一性のある仮換地「A'」が、「b」山林につき仮換地「B」が各指定され、次いで「a'」山林に換地「A"」が、「b」山林に換地「B'」が各指定されたときには、仮換地「A」を買い受けた者は、右換地処分によつて換地「A"」の所有権を取得するに止まり、同「B'」の所有権を取得するものではないと解するのが、売買当事者の意思に合致し、かつ土地区画整理事業の趣旨にもかなうものと考えられる。

右と同旨の原審の判断は正当として是認することができる。所論は、これと異なる前提に立つて原判決を論難するものであり、また、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でない。論旨は採用することができない。

同第二の第四点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 岡原昌男 大塚喜一郎 本林譲 栗本一夫)

上告代理人鈴木匡、同大場民男、同清水幸雄、同山本一道、同鈴木順二の上告理由

第一、第一点

原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈に違背がある。

一、仮換地の指定があると、所有権のうち処分権は従前の宅地に残され、使用、収益権は仮換地上に設定されるという関係になる。処分権は従前の宅地に、使用収益権は仮換地に分離することとなる。したがつて、使用収益権以外の宅地に関する権利の行使、権利の処分はすべて従前の土地についてなさるべきである。

仮換地自体の所有権の譲渡は法理上ありえないといえる。

小倉顕、判例解説昭43年下九〇八頁による分類によれば、この考えは、「従前の土地の所有権を中心とした法律関係として把握する説」に当る。すなわち当該仮換地に対応する従前の土地の所有権の売買として法律関係を構成しようとする見解である。仮換地上に使用収益権を有する者の所有権は換地処分の効力が生ずるまでは従前の土地上に存し、使用収益権以外の土地に関する権利の行使、権利の処分は、すべて従前の土地についてなさるべきであり、仮換地上の使用収益権は、これに伴い、これと運命を共にすべき付随的な権能にすぎない。

売買の目的たる土地として仮換地を表示していても、法律的には、仮換地に表象される従前の土地の売買と解すべきということとなる。この説は通説でもあり、妥当な見解である。この説に対し「仮換地の現地を中心とした法律関係として把握する説」があり、これは、仮換地の売買を当該仮換地の使用収益権の売買ないしは、当該仮換地の現地を客体とする換地処分によつて将来確定すべき所有権の売買として法律関係を構成しようとする。後説は少数説、異説であるし、不当な見解である。

1 仮換地があるのに、従前の宅地のみを表示した売買は、従前の宅地の売買であることは明白である(註(1)(2))。この場合、仮換地の使用収益権も付随して譲渡したものと解すべきである(註(3))。

2 仮換地のみを表示してなされた売買も従前の宅地の売買と解すべきである(註(4)(5))。すなわち、一見、仮換地をもつて取引の対象としたような場合でも、仮換地の背後にある従前の宅地こそを取引の客体としたものと解すべきである。

3 従前の宅地の表示と仮換地の表示とを併記(註(6))した場合は仮換地のみを表示した場合よりいつそう従前の宅地の売買というべきである。

註(1) 大阪地昭35.8.19判、行集11巻8号二一一七頁は、仮換地の指定が行なわれた後、従前の土地の表示によつた農地買収計画につき、仮換地指定後も土地の所有権は、なお従前の土地の上に存するから、なんら土地の特定に欠けるところはないという。

註(2) 仮換地の表示をしたときでも、従前の宅地につき所有権移転登記手続が未了の場合は、移転登記を訴求できることはいうまでもない。最高昭34.7.2判、民集13巻7号八七五頁判時一九五号一六頁。

註(3) 福岡高昭30.4.22決、高民集8巻4号二七一頁は、換地予定地が指定された場合に、従前の土地に抵当権を有する者は従前の土地につき競売申立てをなしうるにとどまり、換地予定地の競売を申立てることはできないとする。

註(4) 東京地昭10.3.27判、法律新聞三八三四号九頁、東京地昭30.7.19判、行集6巻7号一七九一頁、大阪地昭31.1.12判、下民集7巻1号三頁、前橋簡昭40.3.30判、下民集16巻3号五四二頁、大阪地昭40.4.24判、下民集16巻3号七二二頁、判時四一五号三七頁、熊本地昭41.11.17判、下民集17巻11、12号一一〇一頁、高松高昭42.8.28判、判タ二一〇号一六〇頁、大阪高昭43.5.13判、判時五三八号五〇頁

註(5) 下出 仮換地の売買 不動産法の基礎知識三〇二頁

註(6) 競売の公告には従前の土地の表示とともに仮換地の位置、坪数も表示すべしという裁判例がある(東京高昭33.10.28決、高民集11巻9号五五〇頁)。

併記すべきことには賛成であるが、仮換地の位置坪数を表示しなかつたから競売手続が無効となるということには反対である。

二、しかるに、原判決は、「従前地の所有者は仮換地指定後は従前地そのものを売買することについては、法律上特に障害はないけれども、仮換地の権利を直接譲渡の対象とし、これを譲渡するには仮換地上の権利の売買の意思表示をし、換地処分後、該換地の所有権移転登記手続をするのが純粋な形式であるが、仮換地につき売買の意思表示をし、その履行を確実にするため従前地の所有権の移転登記手続をする方法もあるわけである」と判示している。この考え方は前述の小数説異説に類する考え方のようであるが、仮換地指定後といえども従前地の処分は全く自由であること、従前地こそ売買の対象であることを忘却したものであり、採ることができない。

原判決は「甲第一号証の被上告人から訴外会社への売買の契約書及び成立に争いのない乙第一号証の訴外会社から上告人への売買の契約書には仮使用地(仮換地)の表示のほか従前地の表示がなされており、かつ右契約直後、従前地につき所有権移転登記がなされ、また成立に争いのない乙第四号証の被上告人から訴外会社への右売買代金の領収証には従前地の表示である『但千種区鹿子殿土地代金として』なる記載がある」認定しながら、前記の如き、誤つた見解に立つたため、本「売買契約当事者の意思解釈としては売買の目的は仮換地自体の売買にあつたものと解するのが相当である」と判示した。これは明らかに土地区画整理法の仮換地の性質、同法第九八条第九九条の解釈を誤り、法令に違背したものであるから、破棄を免れない。

第二点 つづいて法令違背について

原判決が土地区画整理法を理解していないことについては、「おもうに、……区画整理の結果従来事業施行区域に土地を所有していたものが全て換地の交付を受けるわけではなく、……」と判示していることからも窺視することができる。土地区画整理法において「施行区域」とは都市計画法(昭和四十三年法律第百号)第十二条第二項の規定により土地区画整理事業について都市計画に定められた施行区域をいう(土地区画整理法第二条第八項)のであつて、同法において、「施行地区」とは土地区画整理事業を施行する土地の区域をいう(同条第四項)のであり両者は全く異なるのである。施行区域は都市計画に定められたそれであつて、都道府県、市町村、建設大臣、都道府県知事、市町村長、日本住宅公団が施行しうる範囲を画するものであり(同法第三条、第三条の二)、施行区域の土地区画整理事業は都市計画事業として施行するというものである(同法第三条の三)。施行地区は事業毎に定められ、施行区域内にいくつかの施行地区が存し、施行区域内において施行地区を設けることもできるのである。

たゞ、施行地区は施行区域の内外にわたらないように定めなければならないものである(第六条第三項)。このように施行区域も施行地区も土地区画整理法においては最も基本的な概念であるが、全く別なものであるのに、これを区別しない原判決は土地区画整理法の解釈において信用するに足りないのである。それが第一点に述べたような誤つた前提をとらせたのであろう。

第二、第一点

原判決は採証の法則を誤り証拠に基かない判決であると共に土地区画整理法の解釈を誤つた違法がある。

一、原審は被上告人が

(一) 訴外株式会社菊花堂本店(以下訴外会社という)との間で昭和三一年五月締結した不動産売買契約書(甲第一号証)について、

(イ) 売買物件を訴状第一目録一記載の土地全部(原判決のa山林)と明記した上これに照応して使用収益できる土地(仮使用地)は中四工区6-1、九十一坪二合五勺である旨記載し、

(ロ) 「売主所有の右物件」を買主に売却するものであること、

(ハ) 右土地(a山林全部)に対する所有権移転登記と同時に残代金を支払うこと、

(ニ) 右物件に関し賃貸借及び物件の設定無きことを誓約し、

(二) 代金領収書(乙第四号証)にも「但千種区鹿子殿土地代金として」領収するものであることを被上告人自身が特に記載し買主である訴外会社も被上告人より右但書を得て代金を支払つていること。

(三) 売買代金受領と同時に従前地a山林全部について買主である訴外会社に昭和三一年五月二六日無条件所有権移転の登記を完了していること(乙第二号証の一乃至五)。

(四) 爾後買主である訴外会社において右a山林全部の固定資産税等を負担支払い被上告人は何等これを負担していないこと、

については当事者間に争いがなく、これを認めることができるとしながら被上告人と訴外会社は売買契約をするにあたり、

1 仮使用指定地の坪数に坪当り単価を乗じこれを売買代金としており、

2 訴外会社は従前地を見たこともなく、仮使用地の利用価値に着目し、

3 換地処分の際通常生起する清算交付金の帰属または清算徴収金の負担について全く考慮を払つていないから売買契約当事者の意志解釈としては売買の目的は仮換地自体にあつたものと解するのが相当であり、証人(訴外会社代表取締役外松信雄)及び控訴人のこれに反する供述は信用し難いと判示した。

二、しかし、

(イ) 今次戦争により名古屋市の大部分が戦災に遭い千百万余坪の広大な地域について区画整理が施行されるに至つたこと、

(ロ) 戦災地域内の墓はこれを寺院と分離し市街地から遠く離れた地域(a山林地帯)にまとめ平和公園を造ることについては当時公示や報道などにより売主買主をはじめ一般に公知の事実であり、また、

(ハ) a山林とその附近一帯は市街地から遠く離れ、雑木雑草の生い茂るに任され狐狸の出没する不毛の荒地で戦後相当期間を経過しここが公園並びに住宅地として開発整備されるまでは全く往く人もない不便な土地であつたことは売買当事者ばかりでなく、よく人の知るところである。従つて買主がまだ整備されていない昭和三一年当時に飛換地されることの明かな、しかも荒れるに任された従前地a山林を交通不便な時に見ていないとしても、これは当時の実状からして何等不思議ではなく寧ろ当然である。

また売買値段の取決めについても飛換地されることの明白な土地(現に飛換地されている)でしかも交通不便な場所に行くことなく、これに照応する仮換地によりその地積に坪当り単価を乗じて代価とするのは売主及び買主双方にとり、却つて自然であるというべきである。即ち殆んど不毛の荒地の儘放置されていた従前地a山林に対しどの地区でどれ程の面積の土地が飛換地されるかによつて右a山林の価値が分り右仮換地によつて代金を算定するのか当事者双方にとつて便利なるが故に行われたものであつてこれは単に代金を決める方法として行われたに過ぎず、それ以上の意義を有するものではない。

また原審は、買主は仮換地自体の利用価値に着目したというが、現地で換地されることのあり得ない場合当事者がその換地に着目するのは当然であつて、訴外会社は倉庫を建築したかつたので、本来ならば近い程よいが近い所には売物がなかつたので、本件土地を買つた(証人外松供述)というのであつて何等不思議はない。斯様な場合、従前地の利用価値乃至は従前地を見に行くなどということは全く無意味なことである。

更に、原審は、買主である訴外会社は売買契約をするに当り換地に伴い通常生ずる清算過不足金の徴収、交付について全く考慮を払つていないとし、これ等の事実からして売買契約当事者の意思解釈としては売買の目的は仮換地自体にあつたとしているが、これこそ全く逆であつて右事実により、被上告人と訴外会社間の売買契約は、仮換地Aについて行なわれたものではなく従前地a山林についてなされたものであることを明らかに物語つている。即ち区画整理地区内の土地所有者が換地前に土地を売却し所有権移転登記を完了した場合には後日換地に伴う清算金の支払又は受領の権利義務は売買契約当時、売主が予め自己に留保する旨特別に意思表示しておかない限り売買契約と同時に当然買主に移行するものであり、これを本件について云えば右清算金の支払又は受領の権利義務は買主である訴外会社が有することを示しており決して考慮を払つていないということにはならない。原審の判断は右土地売買に関し土地区画整理法の解釈を誤つたものであり、且つ、採証の法則に反し証拠に基づかない判決である。

第二点

原判決は第一点と同様の違法があるほか民法意思表示に関する規定並びに信義の原則に関し判断を誤つたものである。

原判決は「従前地の所有者は仮換地指定後は従前地そのものを売買することについては法律上特に障害はないけれども仮換地の権利を直接譲渡の対象としこれを譲渡するには仮換地上の権利の売買の意思表示をし換地処分後該換地の所有権移転登記手続をするのが純粋な形式であるが仮換地につき売買の意思表示をし、その履行を確実にするため従前地の所有権の移転登記手続をする方法もあるわけである。ところで……前認定の事実にてらせば売買契約当事者の意思解釈としては売買の目的は仮換地自体の売買にあつたものと解する」と判示している即ち原判決は、

(イ) 従前地そのものを売買する場合

(ロ) 仮換地の権利を直接譲渡の対象とし、これを譲渡するには仮換地上の権利の売買をし換地処分後該換地の所有権移転登記をする方法

(ハ) 仮換地につき売買の意思表示をし、その履行を確実にするため所有権移転登記をする方法があるというのである。

右(イ)については本件にかゝわりなく、(ロ)の仮換地の権利の譲渡、仮換地上の権利の売買とは何を意味するのか解し難いが、被上告人と訴外会社間の本件不動産売買契約は帰するところ、従前地のa山林ではなく、仮換地Aであり右の(ハ)に当るということのようである。

しかし、仮換地は従前地の所有者が仮換地された土地を単に使用収益し得るというに過ぎず所有権を有するものではないのでこれを直ちに無条件でその所有権を売買するということはあり得ない。このことは仮換地の性質から考えて自明である。

また、仮換地は事業計画の変更又は区画整理施行上の必要からして取消又は変更され得るものであり実際上もしばしばこれが行われていることもまた一般のよく知るところである。

従つて、区画整理施行途中にある土地の売買において従前地に拘りなく仮換地自体を売買の目的とするには少くとも

1 仮換地として使用収益を許された土地が将来その儘本換地されることを条件とし

2 計画の変更その他の事情によつてその仮換地が取消され或いは場所面積区画、形質等の増減変更された場合はどうなるのか

3 清算金の徴収交付に伴う支払受領の権利義務は売主買主の何れに帰属するのか等を明らかにする約定(少くとも右事実を判断出来る程度の合意)がなければならないし、更に、仮りに原審のいうように履行を確実にするため従前地の所有権移転登記をするというのであれば、

1 先づ当事者に右の旨の合意が必要であり

2 従前地に対する所有権移転登記にもその旨の登記がなされなければならない(また履行を確実にするためだけならば登記用の売渡書に従前地を記載すれば足り、それに使用しない実質上の売買契約書「甲第一号証」に従前地を明記する必要は少しもない筈である)。

以上の事実の何れも存在しないばかりか却つて従前地の売買であることを明記した証拠の揃つているにも不拘原審が当事者の意思解釈としては売買の目的は仮換地であつたと判示したのは区画整理地売買に関する法律の解釈を誤つたものであると共に仮りに原審判示の通りに解するとしても、被上告人が従前地a山林を何等の条件を附することなく訴外人に売買したとしてその趣旨の所有権移転の登記をした以上後に右土地を善意で取得した上告人には対抗出来ないものと云わなければならない。

即ち、被上告人が訴外会社に売渡した土地は仮換地A土地であつて従前地a山林ではないとして、これを上告人に主張対抗し得るためには、右の点につき上告人は訴外会社より土地を買受けるとき悪意であつた事実を立証しなければならないが、斯る証拠は全くなく斯様な立証はなし得べくもない。加え上告理由第一点一の(一)乃至(四)に記載のとおり被上告人は従前地a山林を訴外会社に売買した旨の表明をしている。それにも拘らず原審がこれに反する判示をしたのははじめに記載した通りの違法がある。

第三点

原判決は土地区画整理法及び民法取得時効に関する法律の解釈を誤つた違法がある。

原審は、

(イ) 「控訴人はA土地を一〇年間所有の意思をもつて平穏公然に占有を継続しその占有のはじめにおいて善意無過失であつたから従前地たるa山林を時効取得した旨主張するけれでも……その取得すべき従前地とは換地処分との関係においてこれに対応する従前地を取得するに過ぎないと解すべきところ」

(ロ) 「本件においては前記のとおり仮換地変更があり、且つ、当初の仮換地Aは変更後の仮換地A'と同一性を有するものと認められること前認定のとおりである以上右A土地の占有によつて取得すべきであつた従前地は結局A宅地と同一性を有するA'宅地の従前地たるa'山林に過ぎず分筆後のb山林にまで時効取得の効果は及び得ない」

と判示されたが、右(イ)と(ロ)には矛盾がある。即ち、右(イ)において、仮換番の占有継続により時効取得すべき土地は、換地処分との関係においてこれに対応する従前地であるというのであるから、仮換地A宅地に対する従前地a山林五筆全部を時効完成日の昭和四一年五月二五日時効取得したことになる筈である。このことは被上告人が訴外会社に対し従前地a山林五筆全部につき所有権移転の登記をなし訴外会社もまた右a山林全部について占有の意思を有し後にa山林五筆全部を上告人に売渡している事実により明白である。

また、(ロ)の見解は理解に苦しむ。即ち、a山林並びに附近一帯は既述のとおり交通不便で不毛の道路等も不整備な地域であつて、昭和三〇年当時にはA宅地が従前地a山林に照応する土地として仮換地されたのであるが、その後右a山林並び附近一帯の区画並に街路、公共施設等が整備され、公園或いは住宅地となつて様相を一変したため(このことは当事者は勿論一般市民にも公知の事実である)本換地の直前の昭和四四年二月に区画整理施行者がこれを手直しすることとし、昭和三〇年になされた従前地a山林五筆全部に対する仮換地Aを取消し、(イ)a山林五筆の内、鹿子殿五番一一七六m2の一部八六九m2及び鹿子殿一一番六二二四m2の一部四九〇九m2(原判決のa)について中四工区四Bブロツク六ノ一に302.97m2(原判決のA)を、また、(ロ)右二筆の残余の土地及びa山林中他の三筆(原判決のb)に対し中四工区二〇Bブロツク七番、274.41m2(原判決B)をそれぞれ仮換地したものである。従つて、従前地a山林五筆全部に対する仮換地として交付されたA土地と右仮換地指定が取消されa山林五筆のうち二筆のしかもその各一部について十四年後に新しく仮換地された土地(原判決のA')とは全く別異のものであつて、仮令両者の面積が近似するとしても右仮換地はその対応する従前地を異にし同一ではない。

しかも、a山林全部につき昭和三一年五月二五日買受により(或いは時効完成により昭和四一年五月二五日)訴外会社が次いで昭和四二年五月二九日上告人が所有権を取得した後に区画整理施行者が施行の都合以前になした仮換地を取消し、新しく従前地五筆に対し分割して二箇所に仮換地しても上告人の所有権には何等変動を生ずることなく、この仮換地は総て上告人に帰属するのが当然であり、施行者もまた現にこれを是認して上告人に対し換地処分を行つている。それにも不拘これと異る原審の右(ロ)の判断は理解し難く、時効取得に関する民法の規定及び土地区画整理法の解釈を誤つたものというべきである。

第四点

原判決は清算交付金の帰属についてもまた判断を誤つている。

上告理由第一点一の(一)乃至(四)に明かなとおり、上告人と訴外会社間の昭和三一年五年二五日付不動産売買契約は、a山林について行われたものであり、右売買契約に当り換地に伴う清算金の支払又は受領の権利義務を売主に留保する旨の約定がされていない以上被上告人において清算交付金を受領する権利はないのである。

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